Crazy For dos and don'ts

音を楽しむことを。日々の無常を。心の遊びを。

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「音楽は腰で聴け」
スガシカオのことばである。

現在の所属事務所の社長に
送ったデモ・テープに
スガ・シカオがつけた手紙がある。
「お望みの音楽ではないかも
しれませんが、世紀末に来るのは、
クールでドライなファンクだと
思います。」
そう記されていたらしい。

「クールでドライなファンク」

Funkyとは、
「スラングで泥まみれの
労働で疲れた黒人の汗のにおいに関係
した表現」らしい。(「ジャズの歴史」
相倉久人著)

FUNKの出発点とは、
ピーター・バラカン氏の
「ソウルのゆくえ」によると
「60年代半ばの
ジェイムズ・ブラウン
のサウンドにある」らしい。

シンプルなリズムで
「リズムの微妙なため具合」。
レイド・バックしたリズム。
♪ ♪ ♪の各音符の後ろの部分
で叩く感じ。
このリズムを強調しているのが
FUNKかな。言葉で言うと難しいが。

一番自分がFUNKを感じるのが
SLY&THE FAMILY STONEの「暴動」。
あれこそドFUNK。

「クールでドライとは」、
もしかしたら「柔らかなカオス」
「局所的カタストロフの
予感」などと村上春樹氏に
表現されている歌詞
(「意味がなければスイング
はない」村上春樹著)や、

SLYと比べて若干明るめなリズムの
ニュアンスからかもしれない。

なぜ、世紀末にはファンクか?
あえて言うなら、「脳化社会」VS「腰」かな?

脳化社会は、
「その社会が(中略)もっぱら
脳の産物によって」造られる。
「つまりそこでは、すべては
いったん脳を経る、すなわち
人工化する。
注意するべき点は、
そうした脳化に
つれて自然は排除される
ということである。」
(養老孟司著「日本人の身体観」)
同著によれば、江戸時代が脳化社会
の始まりらしい。

現代社会は明らかに脳化社会。
「自然の浸透力」ははるかに薄く
なっている。

さらに世紀末以降、社会に対する
身体感というか、
身体が存在するという意識
が乏しくなっている
ような気がする。

FUNKはまさに身体つまり「腰で聞く」
音楽。FUNKは、身体に効く。

身体性が喪失した?脳化社会
では、FUNKが効く。

そのFUNKをライブで聴くと、
身体性が蘇る気がする。
「ふーっ生きている」
という感じ。

以前、ライブは、
観客とアーティストの
コミュニケーションが濃いもの
が好き
と書いた。
このコミュニケーションは、
身体対身体のものである。

いわば、人工社会での
身体に近いところの
表現がライブハウスではある。
特にFUNKのライブでは。

FUNKだけではないが、ライブの
魅力が大いにつまったと思われる
スガ・シカオのライブアルバムが来週でる。

まだ聞いていないが、
自分も楽しみにしているアルバム
である。



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